椎名林檎に飲まれないやつらに飲まれる(前編)
五月の終わりに、下記のようなツイートをした。
「アダムとイヴの林檎」を聴き続けています。椎名林檎の楽曲をカバーするときの最強最大の問題点「リスペクトの余り椎名林檎そのものになってしまう」を、見事に鮮やかにクリアし、これ以上ないほどに完全に自分のものにしてしまった素晴らしい作品ばかりです、ため息が出ちゃう#アダムとイヴの林檎
— 夢井みづき@7/25水道橋words (@yumemi_nn) 2018年5月28日
「正しい街」のど初っ端の一音から「ありきたりな女」の最後の一音まで、最高でない音が存在しない!!!!!!!
— 夢井みづき@7/25水道橋words (@yumemi_nn) 2018年5月28日
RHYMESTERが「本能」をカバーすると聞いた時点で一億点が決定していたのに、なんで揃いも揃ってこんなにこんなに全てが素晴らしいの…………?
一曲ずつみっちりレビューを書きたい
言いたいことはこれらのツイートで大体全部言っちゃったのだけれど、あれからも懲りずに、椎名林檎トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』を聴き続けている。
良い、めっちゃ良い。何周聴いても聴いても良すぎる。
良すぎるので、改めて細かな感想や気づいたことなどを書き留めておきたいな、と思った。なので書きます。
ちなみに好き勝手に書きつづった結果、予定をはるかにこえて超長くなってしまったので、前後編に分けました。
お付き合いくださる奇特な方は是非後編もどうぞ。
また、そんなことのないように注意を払ってはおりますが、間違った情報だとか、おかしな理解だとか、見受けられた場合はどうかその旨ご教授ください。
お手柔らかにどうぞ。
---------------
1. 正しい街/The ウラシマ's
「あの日飛び出した~」の時点で、既に観客総立ち拍手喝采スタンディングオベーションというかんじで、勘弁してほしい。脳内がブリテンズゴットタレント。
ウラシマズについては、私は本当にスピッツにもミスチルにもアジカンにも雨パレにも詳しくないので、下手になにか言うと色んな人の地雷原を疾走してしまいそうで怖い。怖いので出来ればあんまり長いこと書きたくない。書きたくないけれど、書きたい。
これ、原曲より好きかもしれない。
(これは、もし私がリアルタイムで『無罪モラトリアム』に触れていて、CDをかけた途端に「正しい街」が来る衝撃を体感していたら違ったと思う。)
マサムネさんが「此の街と君が正しかったのにね」を、完全に「此の街と君が正しかったのにな」と歌っているのでエモさが爆発して死にます。
このカバーバージョンを聴いてから「正しい街」の脳内再生が完全に書き換えられて、ウラシマズ版のキーで流れるようになってしまった。本当に悔しい。
よくも、よくもこんなことしてくれたな。
しかし、「不愉快(ai)な笑みを向け長い(ai)沈黙の後態(ai)度を更に悪くしたら/冷たい(ai)アスファルトに額(ai)を擦らせて期待(ai)はずれのあたしを攻めた」の執拗なまでのaiの韻のたたみかけとそれが生み出すリズム感、本当に恐ろしいですね。
これを20歳にもならない人間が書いたのだと思うと、おちおち生きてらんないです。肩の力が抜ける。
まず以って、「宇多田ヒカルの丸ノ内サディスティック」という文字列のやばさがやばい。すげえやばい。
椎名林檎が「13組の音楽家による13の解釈について」で歌った「Letters」とか、宇多田ヒカルのご結婚記念にライブで歌った「Traveling」とかも相当やばかったのだけど、「宇多田ヒカルの丸ノ内サディスティック」はネームバリューとして本当に破壊力がやばい。(やばいって言いすぎてやばい。)
そんでドキドキしながら聞いてみると、「丸サディ」とは思えないしめやかさと繊細さにぶっ飛ぶ。そしてなにより、コード進行が全然「丸サディ」進行じゃなくて再びぶっ飛ぶ。「丸サディ」といえばあのコード進行が代名詞みたいなものなのに!
なんだこのただならぬ手触りの楽曲は……!?理解するのに時間がかかって何度も聴いてしまう。何度も聴くうちに虜になってしまう。なんだよ。
あと、二番で満を持して入ってくる小袋成彬さんの歌声にノックアウトされてしまった。お恥ずかしながら「ともだち」でしか存じ上げなかったのだが、本当に何者なのかしらこの方。
ハイトーンの歌い回しが丁寧で甘くて、耳がじんわり満たされる。いい。
あとは忘れちゃいけない、小袋さんのオクターブ下でサビを歌う宇多田ヒカルの低音の色っぽさもやばい。抱いて。
3. 幸福論/レキシ
冒頭の「コウフクロン。」でやられてしまった。これはずるくないか?
20歳くらいの椎名林檎がこの曲を歌うのと、レキシ(というか池田さん)が歌うのとで、「幸福論」の意味する範囲がまるっきり変わってしまうところがとてもいいなと思った。
「本当のしあわせを探したときに/愛し愛されたいと考えるようになりました」というのは、原曲ではおそらく「君」と「あたし」だけの世界の話であって、その排他的な「二人だけ感」が素敵なところだと思うのだが、レキシ版だと、なんかもっと世界平和とか人類愛みたいなものについて歌われているような気がする。池田さんの声のせいだろうか。
なぜかディスコ調になっているのもすごくいい。コードも「丸サディ」進行で、エモキラキラグル―ヴィー感がとっても楽しい。
4. シドと白昼夢/MIKA
MIKAって、あのMIKAでいいんですよね?「Lollipop」とか、アリアナのフィーチャリングの「Popular Song」とか、あのMIKAですよね?これも目を疑った。
原曲の「シドと白昼夢」が完全にかげもかたちもなくって潔すぎて笑ってしまった。冒頭から唐突なジムノペディ第1番だし。
椎名林檎の磁場にまったく飲まれないカバーって、こういうことを言うのかなあ。「え、元からこんなかんじの曲ですけど?」と言わんばかりの雰囲気の大幅方向転換。
突然MIKAに手を取られ、ヨーロッパの雨上がりの石畳に軽やかに連れ出される良アレンジ。
しかし、私がまったくフランス語が分からないのがすごく悔しかった。サビ途中の「トワ~エモア~」しか聞き取れない。翻訳するときの工夫とかもきっとたくさんあるだろうから、出来ればそこも含めて楽しみたい。フランス語詳しい方、ぜひご教授願います。
5. 茜さす帰路照らされど…/藤原さくら
またお恥ずかしながら藤原さくらについての事前知識が本当になかった。
唯一知っていたのは福山雅治と一緒にドラマに出てたということだけだし、そのドラマ『ラブソング』(これも今ググってやっと題名を知る始末)についても、放映してるときにチラッと見かけて「この子が憧れと好意を抱いてしまう相手役が福山雅治って、そりゃあ彼はとっても見目麗しいしギターも歌もお芝居もできるけど、ちょっと年がいき過ぎてないか?この子と福山雅治のラブストーリーってすこし犯罪じみてないか?」など、本筋とまったく関係ないことでヒヤヒヤしていたのみ。
正直申し上げます、舐めてました!!!!!!!!!このアレンジめちゃくちゃ好きです!!!!!とってもいいです!!!!!
リズムの刻み方が曲中で自由自在に変わっていくこのかんじが個人的にとっても好きだというのも多分にあるのだろうけど、それと藤原さくらの少し気怠いというか煙たいような声が入り混じって、原曲とはまた違うエモさを醸し出している。素敵です。
6. 都合のいい身体/田島貴男(ORIGINAL LOVE)
唯一『三文ゴシップ』からの選曲!!うれしい!!
にしても、「都合のいい身体を田島さんにお任せしよう」と決めたのはどこのどなたなのですか……どうしたらそんなアイデアが思いつくのですか……すっごくいいんですけど……
ディズニーランドBGM的キラキラ三拍子だった原曲が、さすが田島さんの手にかかるとすげえファンキーになっていて、歌詞の意味合いすらまた違って聞こえてくる。
(特になんの説明もなくコードの話が始まりますが、ご興味のない方はかっこの中身をまるまる読み飛ばしてください。
このアレンジを「ファンキー」だと感じる要因ってなにかしらと考えていたのだが、特に終盤のギターソロに入ったあたりからセブンスコードが多用されるからかなという結論に達した。
セブンスコードって、どこか滑稽さを感じさせるところが好き。セブンスコードが喋るとしたら多分「はいわたくしセブンスコードというわけでね、ブルージーですよね〜!ほーら!ブルージーですよお〜!」みたいな口調だと思う。
だから、悲しい曲の中では、その滑稽さで以って救いになってくれるときもあるし、逆に、その悲しみを更に増幅させる装置にもなるのが面白い。
しかし、この曲はそもそもひたすら「大事な日に限って体調が悪い。解せない。おうち帰る」みたいな滑稽なことしか言ってないので、そこにセブンスコードが大量に投入されたことによって、結果的に過剰におもしろおかしく聞こえる楽曲になっていてすごくよいなと思った。
以上です。)
7. ここでキスして。/木村カエラ
ドラマ『カルテット』に死ぬほどハマっていた時期がある。(本当に死ぬ気でハマっていた。放映終了から約一年三か月が経った今でも、なうでハマり続けている。)
主題歌「おとなの掟」は、作詞作曲が椎名林檎、歌唱がメインキャストの松たか子・満島ひかり・松田龍平・高橋一生の四人という、ものすごく素晴らしい面子によって作られた、ものすごく素晴らしい楽曲だ。
ここまでは前置き。
木村カエラの歌う「ここでキスして。」を聴くと、「おとなの掟」をはじめて聴いた友人の感想を思い出す。
年季の入った林檎フリークである友人曰く「メロディもアレンジも歌詞もすべて林檎なのに歌声だけが林檎じゃないから、脳みそが混乱して楽しい」だそうだ。
そう、メロディもアレンジも歌詞もすべて椎名林檎なのに、歌声だけが木村カエラ!
これを聴いていると脳みそが混乱してほんとうに楽しい。
原曲での椎名林檎の声はまだ少し幼い。なんというか上目づかいで見つめて甘えるみたいに歌うようなところがあって、それが妙に色っぽくてドキドキしてしまうのだけど、木村カエラは意外と竹を割ったようにキッパリ歌うから、そのギャップがとってもいい。
椎名林檎が原曲で仕込んでいる細かい技巧的な歌い回しをほぼガン無視して、ストレートに歌い直しているところも好き。
以上、前編終わり。
後編に続く!前編で既に4500字超え!