つにてんてん

普段は歌うたいです。文章も書きます。

好きな言葉にもいろいろある

なんでもないことのはずなのに聞かれるとけっこう戸惑う質問、というのがあって、それは「ご趣味は?」だったり「普段なに聞くの?」だったりするのだが、私の場合、「好きな言葉は?」がぶっちぎりのナンバーワンである。

 

ここで「焼肉!」「休暇!」「不労所得!」などと即答することができないのには、ちゃんと理由がある。

 

今、「焼肉」「休暇」「不労所得」を、手元の辞書(日本国語大辞典アプリ版)で引いてみた。

「牛・豚などの肉をあぶり、またはいため焼きにしたもの。」「ひま。職務から解放された自由な時間。」「働かないで得る収入。配当金、利子、地代など。」だそうだ。

読んでいるだけで、大量の小判が底に敷き詰められた菓子箱を越後屋に差し出されたときのお代官様みたいな顔になってしまう。

嫌いな要素がひとつもない。紛れもなく、「好き」に値する。

 

だが、私の「好きな言葉」に対するつまずきはその直後に訪れる。

「好きな言葉は?」「"不労所得"です!」

途端に不安になってくる。この回答で、本当にいいのだろうか。

私は、「不労所得」を「言葉」として真に愛していると言えるのだろうか。

 

例えば、「働かないで得る収入。配当金、利子、地代など。」を表す言葉が「skajisudk」と呼ばれる世界に生きていたなら、「好きな言葉は?」と問われた際には「skajisudk」と答えることとなる。

 

やはり、それではいけないのだ。

このように代替可能なものをお手軽に「好き」などと言うのは、言葉に対していささか不誠実な態度なのではないかとそわそわしてしまう。

 

要は、「不労所得」という言葉の持つ「意味」だけにしか着目できていないのに、それを「言葉として好き!」と言い切ることに抵抗感をおぼえるということである。

「好き」だというのなら、出来るかぎりさまざまな側面からその言葉を愛したい。

 

では、掛け値ない「好きな言葉」とは、いったいなんなのだ!

 

360°どこから見てもまるごと愛せる言葉に出会うため、私は考えた。

 

ある言葉を分解してみたとき、私は主に三つの構成要素を読み取っている。

「意味」「語感」「表記」である。

 

不労所得」の持つ意味が好きであることは既に書いた。

では他の二つはどうだろう。

 

語感。

「フロウショトク」と発音したときの快感は、まあまあ。「フロー」と「ョ」にリズム感がある。だが、私としてはもっと弾けた音を期待したい。落ち着いた中堅どころというかんじ。

 

表記。

漢字四文字でまとまる言葉というのはとにかくキマるのでポイントは高い。漢字のチョイスも、直線と曲線のバランスがうまく取れているかんじ。ただ、いまいちあか抜けない気もしてきた。バランスはよいが、主張の強いやつがあまりいない。おきれいにまとまっている印象。

 

以上を鑑みて、「不労所得」を言葉としてまるごと愛せるか。

「"働かずに得る金"という素晴らしくエキサイティングな意味を持っておきながら、語感や表記には意外と刺激が少なく、いまひとつ楽しさに欠ける」ということで、まるごと愛するのはすこし難しいという結論に至った。

 

なんだか書いていて不労所得に申し訳なくなってきた。お前は悪くない。言葉としてのお前をまるごと愛する人もたくさんいるだろう。

でも私が求めているのはもっと鮮烈な刺激、そして目の覚めるような快感……!

 

というわけで、意味、語感、表記の三点において、とにかく一発で楽しくなれる言葉を探してみた。

 

検索してみたら、「モホロビチッチ不連続面」という言葉があるらしい。

これはずるい。やられた。

 

意味。

日本国語大辞典によれば、「地球の地殻とマントルとの境界面。深さは平均三三キロメートル。」だそうだ。

 

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http://kagaku.info/old/index.htmより

 つまり、こういうことらしい。

私たちの立っているその足元から約33キロ地球の内部へ進んだところにある、境界線。なんとロマンの詰まっていることか!センターオブジアースみたい!

 

語感。

百点。はなまる。パーフェクト。まず「モホロビチッチ」からしてずるい。クロアチア地震学者であったモホロビチッチさんの名を取ってこの名称だそうだが、「モホロビ」のそこはかとないラテン感、に続けて「チッチ」の素晴らしい躍動感、そして「フレンゾクメン」の日本語離れしたリズム感。語感の大盤振舞いである。

 

表記。

カタカナと漢字の混ぜ書き。その時点でずるい。楽しいに決まっている。

直線多めのスタイリッシュなカタカナが七文字も続き、次にどう来るかと思ったらまさか漢字四文字で締めてくるとは。前半との画数差のギャップを狙ったのか。うまい。実によくできている。

 

意味、語感、表記、どれを取っても申し分ない。

出会えたのだ、360°どこからでも、まるごと、真に愛することのできる言葉に!

これからは、好きな言葉を聞かれても戸惑ったりしない。胸を張って「モホロビチッチ不連続面!」と答えられる。

 

素晴らしい収穫だった。

収穫といえば、「ふ」と「も」を入力した際、ノートパソコンが真っ先に「不労所得」と「モホロビチッチ不連続面」をサジェストしてくれるようにもなった。

とても便利である(便利ではない)。